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或る夜明けのとき

父の亡くなった時のこと

川沿いの桜の木もすっかり花びらが落ちた。ガクだけになった桜並木も、遠めにはピンク色に霞んでいて、これはこれで風情がある。

父が亡くなったのは、この花が満開の頃。
姉から危篤との知らせを受け、病院に駆けつけたのは金曜の晩。真夜中12時に近い上り最終電車、乗り換えた車内は花見帰りらしい陽気な人々で混んでいた。
ホームでは、一人の酔っ払いが電車を乗り間違えたらしく、しきりに駅員に向かって「バカヤロウ」と叫んでいる。
なぜだかひどく平和な光景に見えた。そんなことどうだっていいのに。この瞬間も死と闘ってる人だっているのにね。

病院の入り口では、少し先に着いた姉が待っていた。母は夜間救急受付にいるらしい。
入っていくと、母は半分電気の消えた部屋に一人でぽつんと座っていて、胸が痛んだ。
「ゴメンね一人で。大変だったでしょう」。

奥の治療室では医師たちが慌しく出入りしているが、受付は私たち家族がいるだけだ。
母は私たちの顔を見てほっとしたらしく、せきを切ったように話しだす。
風邪を引いたらしく、ずっと調子悪かったのだけど、病院行くの嫌がるから寝かせていたんだよ。
夕飯までは元気で、猫の三太とアジの取り合いをしてたぐらいなんだけど、やっぱり様子が変だから救急車を呼んだの。
病院に着いたあたりから急に様子悪くなってきて…

病院嫌いの父だった。それで脳梗塞を悪化させたのに、懲りなかったのねオヤジさま。
しょうがないよ、本人が嫌がったんだから、と姉と2人で母を慰める。
私は離れて住んでいるが、最近体調が悪い、というのは聞いていた。
排泄もうまくできなくなって、母が毎日介護に追われているのも知っていた。家族総看護体制だ、と覚悟もしていた。
なのに、なんてあっけなくその時がきちゃったんだろう。

会話が途絶え、また静かな時が過ぎていく。
1時間半はそこで待っていたと思う。やっと動かせる状態になったとのことなので、父を3階のICUに移すことになった。
今は治療が優先とのことで詳しい説明は後回しだが、今の様子だと朝か午前までか、との医師の言葉を、家族一同ずしりと受け止める。

集中治療が始まった。ICU手前の待合室のベンチで待つ。
新人らしい看護師が、看護計画に関してのアンケートを持ってきた。
本人の生活習慣への問いや、入院に当たって用意する物品などがA4用紙5枚に渡って記されていたが、入院できる具合ならいいけどね。と複雑な気分で記入する。

しばらくして、家族が呼ばれ、症状の説明を受ける。
担当の若い女性医師が、肺のレントゲンを見ながら丁寧に説明してくれた。
重篤な肺水腫らしい。素人目にも相当肺に水が溜まっているのがわかった。
脈も一時120を越えており、さまざまな検査数値でも厳しい状態を示しているとのこと。
やはり朝までもつかどうか…

説明が終わり、暗い待合室に戻る。いったん帰ってもいいのだが、私たちは時間の問題なので、待合室で夜を過ごすことに。
ひたすらその時を待つ、沈黙の時間。
長い長い夜だった。

今日は忙しくなるだろうから、とにかく寝ておこう。と待合室の長いすに横になる。山ヤさんならどこでもいつでも寝れないとね。

2時過ぎぐらいに、IUCから人が出てくる気配でぱっと起き上がる。
ようやく父との面会が認められた。
といってももう意識はないので、数分顔を眺めるだけ。呼吸器つけてても息は荒く、顔も熱で赤く苦しそう。チアノーゼもでているようだ。
でも我々になすすべはない。がんばれ父よ。

ちょっと様子見た後、また待合室の長いすに後戻り。
家族で少し話をして、母をいったん家に帰すことにした。こんな寒いところで寝て風邪でも引かれてはたまらない。

姉と2人、うつらうつら。しんと時間が過ぎていく。
5時過ぎだったと思う。そろそろもう、と呼ばれて入っていくと、あんなにはあはあやっていた父の呼吸が静かに、そして顔色も白くなってきて、終わりの時が迫っているのが感じられた。
人工呼吸器とか心電計とかたくさんつけているので、素人にはよくわからないが、モニター画面の一番上の線がパルスだろうか。心電図の数値は32。通常の半分以下である。
よくドラマとかではみるけど、これがそうか~。全く現実感がなくて他人事だ。

最後まで見ててあげてください、といわれても、こういうときどうすればいいの。
少し戸惑うが、医師が「お父様、耳は聞こえてますよ」と言葉を添えてくれた。
え~でも意識あるのかな。体温も下がってきて、体もずいぶん冷たくなってるけど。

でも、とにかく呼び戻さなくっちゃ。
ひんやりした左手を握りながら、突ついたり撫でたり話しかけてみたりしたが、心電図の数値は落ちていく一方。
はじめ数字が増えたので、反応した?と期待したのだが、すぐに戻ってしまい、あとはゆっくり落ちていく。なんとか23で止まり、父なりに最後の闘いをしているようだ。
わ~んがんばれ。中国にいる妹は無理だけど、せめて母親来るまで待とうよ。
もう少しだから頑張んなさい!、と反応のない父親に娘2人がかりで言い聞かせる。
が、肝心の母親は一体何しとんじゃい。

20分前、母に知らせたはずの姉がやきもきして、再び電話に走る。そして戻ってきて言うに、
「…まだ家にいた…」
「なにぃ!?」
…後で聞くに、親戚に電話かけてた&ベランダの戸を開けた隙に、猫が外に逃げ出して、この真夜中に時ならぬ捕り物劇をしていた、そうである。おいおい。
娘2人大ブーイングだったけど、あの両親らしくて、それはそれでお似合い夫婦だったのかもしれないわ。
最後の晩まで猫と魚の取り合いをしていた父、夫の臨終を猫相手してて立ち会えなかった母。
シリアスなのに笑わせてくれる、このビミョーなズレにはなんか心当たりが…。え~こんなとこで遺伝子なんか感じたくない~

でも母、あんなこといって、ほんとは悲しいから居合わせたくなかったのかも知れない。特別仲がいいというのではなかったが、よく面倒みてたもの。
夫婦って、良くわかりません。

そんなこんなのばたばたをよそに、父の鼓動はどんどん弱まっていき、画面の数字は一桁に、そしてとうとう0に。
パルスも最後に1回だけ山を示した後、それきり戻ることはなかったのでした。

あ~やっぱダメだったか…でも娘の手を握りながら三途の川とやらを渡っていったから、きっと寂しくはなかったと思うわ。
ダメとわかっていても、スタッフの方々一生懸命見てくれたし。
臨終を告げる女医師の顔が、青白く徹夜明けらしいやつれ方なのを見て、深々と頭を下げた。

後処置があるためいったん我々は退出。その後母を待つ姉を残し、私一人でICUに戻る。
室内の雰囲気がさっきと違う。あーいつの間にか夜が明けてる。窓の外には光あふれる世界が戻ってきているね。
地球は廻る。何があってもこうやって太陽は蘇って来るんだな。

ベッドではカーテンを閉め切ってもらい、父と二人きりの時間。
死に顔を眺める。怖いと思えば少し怖いけど、不思議な感じの方が強い。
う~んこれが死か。死ってなんだろうね。私という意識は死んだらどこへいくのだろう。
昔の人はこれを魂という存在に例えたが、え~とこの何だろうと思っている思考自体は、脳細胞の神経伝達による電流反応で…って、ますます訳わからん。
「ねー不思議。わかったなら教えてよ」と、ちょっと父の頬をつついてみる。
親の姿なんて、眺める機会ほとんどなかったけど、こうやってしみじみ見るとやっぱ似てるかな。
…など物思いにふけっていると、近くのベッドで看護師が患者さんに話しかける声が聞こえた。

「○○さん○○さん聞こえますか? ここどこかわかりますか? 病院ですよ。
…今日は4月の1日です。わかりますか?」

長い眠りから覚めたらしいこのやりとり。
ああ、生と死が隣り合っている。
死に近いICUなんだけど、こういう風に戻ってくる人もいるのだね。
見知らぬご家族のために、心からよかったよかったと思いました。
人の数だけ、生と死があるんだね。

やがてバタバタと足音がして、母到着。
こうして、生きてる者の慌しい一日が始まったのでした。

<終>

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  • Author:ふーじん
  • 外岩初RPは05年10月、最高RPグレードは12a、OSグレードは11b。
    季節ごとに岩場が変わるクライミングが季語がわり。沢も山も旅も良し。
    あ、マンホールに顔パネも好きです。
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